差し迫った状況になった時、人や組織が思ったように動いてくれないことがあります。
こちらからすれば、
- 今やらないとまずい
- 普通に考えれば動くべきだ
- なぜ危機感を持たないのか
と思ってしまいます。
ただ、最近感じるのは、人や組織は正論だけでは動かないということです。
特に、平常時ではなく、差し迫った状況で人を動かすには、最低限必要なものがあります。
それは、
- 大義名分
- 信頼関係
- 餌
この3つです。
少し露骨な言い方をすれば、人は「正しいことだからやれ」だけでは動きません。
動く理由があり、動いてもいいと思える関係性があり、動いた先に何かしらの納得感がある。そこまでそろって、ようやく人や組織は本気で動き出すのだと思います。
正論だけでは、人は動けない
危機の時ほど、正論を言いたくなります。
- これは重要だ
- 今すぐ対応すべきだ
- 全員で動くべきだ
- 危機感を持つべきだ
もちろん、それ自体は間違っていません。
ただし、正論はあくまで「理屈」です。
理屈として正しいことと、人が実際に動けることは別です。
本人の中で腹落ちしていなければ、動きは鈍くなります。信頼していない相手から言われれば、警戒します。動いた先に何も返ってこないと思えば、積極的には踏み込めません。
つまり、人を動かすには、正論そのものよりも、正論を受け取れる土台が必要なのだと思います。
1. 大義名分がないと、自分ごとにならない
まず必要なのは、大義名分です。
ここでいう大義名分とは、きれいごとのスローガンではありません。
- なぜ今それをやる必要があるのか
- 誰にとって重要なのか
- 放置すると何が起きるのか
- 自分たちは同じ船に乗っているのか
こういったことが共有されている状態です。
人が動けない理由の一つは、能力がないからではありません。
そもそも、自分がなぜ巻き込まれているのか分かっていない場合があります。
本人の中で、
- それはあなたの問題ではないか
- なぜ自分がそこまでやる必要があるのか
- 結局、誰かの都合に付き合わされているだけではないか
と思っていれば、本気では動けません。
だからこそ、差し迫った状況では「一蓮托生であること」を伝える必要があります。
これは脅しではありません。
「あなたも巻き込まれている」と圧をかけるのではなく、これは私たち全体の問題であるという認識を作ることです。
人は、自分ごとになっていないものには、本気で動けません。
2. 信頼関係がないと、人は踏み込まない
次に必要なのは、信頼関係です。
差し迫った状況では、多少の無理や負荷が発生します。
- 予定を変える必要がある
- 優先順位を変える必要がある
- 曖昧な状況でも先に動く必要がある
- 自分の担当範囲を少し超える必要がある
その時に問われるのは、指示の正しさだけではありません。
誰が言っているのかです。
普段から信頼されていない人が、急に「協力してほしい」と言っても、人は簡単には動きません。
- また思いつきではないか
- 最後は自分だけ損をするのではないか
- この人は本当に責任を取るのか
- 都合よく使われているだけではないか
そう思われてしまえば、どれだけ正しいことを言っても、動きは鈍くなります。
逆に、普段から誠実に向き合っている人であれば、多少説明が足りなくても、
- この人が言うなら何かあるのだろう
- 今は協力した方がよさそうだ
- 少なくとも、こちらを雑に扱う人ではない
と思ってもらえることがあります。
差し迫った時に効いてくるのは、平時に積み上げた信頼です。
危機になってから信頼関係を作ろうとしても遅いです。
危機の時に使える信頼は、危機の前にしか貯められません。
3. 餌がないと、人は動き続けられない
そして、少し露骨な言い方をすれば、餌も必要です。
ここでいう餌とは、単純なお金や評価だけではありません。
- この行動に意味がある
- 自分にも得るものがある
- 誰かの役に立っている実感がある
- 自分の成長につながる
- ちゃんと見てくれている人がいる
- 頑張ったことが無視されない
こういった、動いた先にある納得感です。
人は、完全な無償奉仕だけでは動き続けられません。
一時的には責任感や善意で動けます。
しかし、それが当たり前にされると、だんだん疲弊します。
特に組織では、
- やってくれる人に仕事が集まる
- 動いた人だけが損をする
- 頑張っても評価されない
- 感謝もされない
- 次も当然のように頼まれる
という状態が続くと、人は動かなくなります。
それは怠慢ではありません。
ある意味、自然な防衛反応です。
だからこそ、動いてほしいなら、動いた人に何が返るのかを考える必要があります。
- 評価でもいい
- 感謝でもいい
- 権限でもいい
- 学びでもいい
- 次の機会でもいい
- 安心感でもいい
人は、何かしらの報酬や意味を感じられないと、継続的には動けません。
3つの条件は、掛け算で効いてくる
大義名分、信頼関係、餌。
この3つは、足し算ではなく掛け算に近いものだと思います。
大義名分があっても、信頼がなければ人は警戒します。
信頼関係があっても、何の意味も見返りもなければ疲弊します。
餌だけがあっても、大義名分がなければ、単なる利害調整になります。
3つがそろって初めて、人は納得して動けます。
つまり、危機の時に人を動かすとは、ただ強く指示を出すことではありません。
人が動けるだけの理由を作り、動いてもいいと思える関係を作り、動いた後に報われる設計をすることです。
危機対応力は、平時に決まっている
本当に怖いのは、危機そのものではありません。
危機になった時に、誰も本気で動かないことです。
そして、それは危機が起きた瞬間に突然発生するものではありません。
平時から、
- 目的を共有していない
- 信頼を積み上げていない
- 動いた人に報いていない
- 責任ある人が責任を取っていない
- 頑張る人だけに負荷が寄っている
そういった積み重ねが、差し迫った時に表面化します。
危機対応力とは、危機の時だけの能力ではありません。
平時にどれだけ、
- 大義名分を共有しているか
- 信頼関係を築いているか
- 動く意味を設計しているか
その結果として、差し迫った時に人や組織が動けるのだと思います。
人を動かすとは、命令することではない
人を動かすというと、強い指示やリーダーシップを想像しがちです。
もちろん、危機の時には判断や指示も必要です。
ただ、それだけでは足りません。
人を動かすとは、
- 相手が動けるだけの理由を作ること
- 相手が踏み込めるだけの信頼を作ること
- 相手が動いた後に報われる設計をすること
この3つを整えることです。
差し迫った時に、急に人を動かそうとしても難しいです。
大義名分も、信頼関係も、餌も、平時から準備しておくものです。
結局のところ、危機の時に動ける組織とは、危機の前から、人が動ける土壌を作っている組織なのだと思います。


















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