仕事がない組織ほど会議が増える|報告連絡で仕事をした気になる構造

仕事がない組織ほど、会議が増える

仕事が少ない時ほど、会議や報告連絡が増えることがあります。

もちろん、会議や報告連絡そのものが悪いわけではありません。情報を共有すること、状況を揃えること、関係者の不安を減らすことには意味があります。

ただし問題は、それが本当に仕事を前に進めるために行われているのか、それとも「何かをしている安心感」を得るために行われているのかです。

仕事がない時、人は不安になります。自分は必要とされているのか。何もしていないと思われないか。組織として動いていないように見えないか。その不安を埋めるために、会議を設定し、報告を求め、連絡を増やし、資料を作り始める。

その結果、仕事を進めるための行為だったはずの会議や報告が、いつの間にか「仕事をしているように見せるための行為」になってしまうことがあります。

会議や報告連絡は、不安を減らす効果がある

会議や報告連絡には、不安を減らす効果があります。

  • 何もしていない感覚を減らせる
  • 周囲に動いていることを示せる
  • 上司に状況を伝えて安心させられる
  • 関係者の認識を揃えられる
  • 組織として止まっていないように見せられる

この意味では、会議や報告連絡には一定の価値があります。特に、状況が不透明な時や、関係者が多い時には、何も共有されないこと自体が不安を生みます。

だから、報告すること、連絡すること、確認することをすべて否定する必要はありません。

ただし、それが成果につながっているかどうかは、別の問題です。

仕事を進めるための会議か、不安を埋めるための会議か

本来、会議は仕事を進めるための手段です。

意思決定をする。課題を整理する。リスクを共有する。役割を決める。次の行動を明確にする。そのために会議があります。

しかし仕事が少ない状態になると、会議の目的が少しずつ変わっていきます。

仕事を進めるために会議をするのではなく、仕事をしている実感を得るために会議をするようになる。

ここに大きな問題があります。

会議をした。報告をした。連絡をした。確認をした。資料を作った。確かに何かはしています。しかし、それによって何が前に進んだのかが曖昧なままでは、それは成果ではなく、活動量にすぎません。

「ちゃんとやっている感」が組織を止める

この問題の難しいところは、本人たちに悪気がないことです。

むしろ、本人たちは真面目にやっている感覚があります。会議を設定している。報告している。関係者に連絡している。資料も作っている。だから、ちゃんと仕事をしていると思いやすい。

しかし、そこで問うべきことは「何をしたか」ではありません。

問うべきなのは、「何が進んだか」です。

会議をした結果、意思決定がされたのか。報告をした結果、次の行動が明確になったのか。連絡をした結果、誰かの判断や行動が変わったのか。資料を作った結果、課題が解消に向かったのか。

そこが曖昧なまま活動だけが増えていくと、組織は「ちゃんとやっている感」に包まれます。

そして、その空気が一番危ないのだと思います。

仕事がない時ほど、形式的な活動に逃げやすい

仕事が多い時は、良くも悪くも成果が問われます。やるべきことが目の前にあり、課題も見えやすく、動かなければ進まない状況があります。

一方で、仕事が少ない時は、成果が見えにくくなります。何をすればよいのかが曖昧になり、自分たちの存在意義も不安定になります。

その時に増えやすいのが、形式的な活動です。

  • とりあえず定例会を増やす
  • 細かい報告を求める
  • 資料の体裁を整える
  • 進捗確認だけの会議を続ける
  • 大きな意味のない情報共有を繰り返す

これらは、一見すると管理しているように見えます。組織として動いているようにも見えます。

しかし、本質的には不安を処理しているだけの場合があります。

仕事がないこと自体よりも、仕事がない不安を形式的な活動で埋めてしまうことの方が、組織にとっては危険です。

報告連絡は、相手を安心させるためだけにあるのではない

報告連絡は、上司や関係者を安心させるためだけにあるものではありません。

本来は、判断を促すためにあります。次の行動を決めるためにあります。リスクに早く気づくためにあります。関係者が同じ方向を向いて動けるようにするためにあります。

つまり、報告連絡には「その後の行動」が必要です。

報告しただけで終わる。連絡しただけで終わる。共有しただけで終わる。これでは、情報が流れただけで、仕事が進んだとは言えません。

報告や連絡をするなら、その先に何を判断するのか。誰が何を変えるのか。どの課題を潰すのか。そこまでつながっていなければ、ただの安心材料で終わってしまいます。

会議を減らすことが目的ではない

ここで誤解してはいけないのは、会議を減らせばよいという話ではないことです。

必要な会議はあります。むしろ、課題を前に進める会議、リスクを早く検知する会議、意思決定をする会議、関係者の認識を揃える会議は重要です。

問題は、会議の数ではありません。

問題は、その会議が何のためにあるのかです。

会議を開く前に、次の問いを持つだけでも変わります。

  • この会議で何を決めるのか
  • この報告で誰の判断が変わるのか
  • この連絡でどの行動が生まれるのか
  • この資料は何のために必要なのか
  • 終わった後に何が前に進んでいるべきなのか

この問いがないまま会議を増やしても、組織は前に進みません。

仕事をした気になる行為から抜け出すために

仕事をした気になる行為から抜け出すには、「活動」ではなく「変化」を見る必要があります。

何をしたかではなく、何が変わったか。どれだけ話したかではなく、何が決まったか。どれだけ報告したかではなく、次の行動が生まれたか。

ここを見ないと、組織は形式的な活動に流れていきます。

特に仕事が少ない時ほど、自分たちの不安を埋めるために、会議や報告連絡を増やしたくなります。

しかし、その不安を埋めるための行動が、本当に組織を前に進めているのかは別の話です。

仕事がない時こそ、何かをすることに逃げるのではなく、何を前に進めるべきかを考える必要があります。

まとめ

会議や報告連絡は、不安を減らす意味では有効です。

ただし、それが成果や意思決定につながらないのであれば、仕事ではなく「仕事をした気になるための行為」になってしまいます。

仕事が少ない時ほど、組織は形式的な活動に逃げやすいものです。だからこそ、会議をしたか、報告したか、連絡したかではなく、それによって何が前に進んだのかを問う必要があります。

本当に必要なのは、活動量を増やすことではありません。

不安を埋めるための会議ではなく、仕事を前に進めるための会議をすることです。

 

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