なぜ正論は、部下を萎縮させるのか
部下に対して、正論を言いたくなる場面は多い。
「報連相はちゃんとしてほしい」
「期限は守るべきだ」
「自分で考えて動いてほしい」
「それはあなたの責任範囲だ」
これらは、仕事として見れば間違っていない。
むしろ、管理職として伝えなければならないことでもある。
ただし、ここで気をつけたいのは、正論は正しいからこそ、人を萎縮させることがあるという点である。
正論そのものが悪いわけではない。
問題なのは、相手の感情や状態を見ないまま、正論だけをぶつけてしまうことだ。
正論は、逃げ場のない言葉になりやすい
正論の難しさは、言っている側が悪気を持ちにくいことにある。
「間違ったことは言っていない」
「仕事なのだから当然だ」
「本人のために言っている」
このように考えられるため、言葉が強くなりやすい。
しかし、受け取る側からすると、正論は逃げ場のない言葉になる。
特に、本人も内心では分かっていることを指摘されたとき、人は素直に反省するよりも先に、防衛反応を起こす。
「分かっているけど、できなかった」
「自分でもまずいと思っている」
「責められているように感じる」
「もう何を言っても否定されそう」
こうした感情が生まれると、部下は考える前に身を守ろうとする。
その結果、上司としては指導しているつもりでも、部下の中では「学び」ではなく「萎縮」が起きてしまう。
人は、責められていると感じると考えられなくなる
部下が失敗したとき、上司は原因を知りたくなる。
なぜ相談しなかったのか。
なぜ確認しなかったのか。
なぜ自分で判断してしまったのか。
もちろん、それらを確認することは必要である。
ただし、聞き方を間違えると、部下は原因を考えるのではなく、怒られないための回答を探し始める。
「すみません」
「次から気をつけます」
「確認不足でした」
こうした言葉は出てくるかもしれない。
しかし、それは本当に考えた結果とは限らない。
その場を収めるための反射的な返答であることも多い。
つまり、正論だけで詰めると、部下は自分の行動を振り返るのではなく、上司の機嫌を損ねないことに意識が向いてしまう。
これでは、成長にはつながらない。
感情に寄り添うことは、甘やかすことではない
ここで誤解してはいけないのは、感情に寄り添うことは、部下を甘やかすことではないということだ。
寄り添うとは、部下の言い分をすべて認めることではない。
問題行動を見逃すことでもない。
責任を曖昧にすることでもない。
感情に寄り添うとは、まず相手が今どのような状態にいるのかを理解することである。
焦っていたのか。
不安だったのか。
分からないまま進めてしまったのか。
責められるのが怖かったのか。
自信がなくて相談できなかったのか。
失敗を隠したかったのか。
そこを見ずに、いきなり正論だけを伝えても、相手には届きにくい。
人は、感情が荒れている状態では、正しい話を受け取る余裕がない。
だからこそ、まず感情を受け止める必要がある。
大事なのは、感情と責任を切り分けること
感情に寄り添うとは、現実から逃がすことではない。
大事なのは、感情は否定せず、行動の責任は曖昧にしないことである。
たとえば、次のような伝え方がある。
「焦っていたのは分かる。ただ、確認しないまま進めたことで、周囲に影響が出ている」
「不安だったのは理解できる。ただ、だからこそ早めに相談してほしかった」
「責められるのが怖かったのかもしれない。ただ、問題を抱え込むと、結果的にもっと大きな問題になる」
このように、感情と責任を分けて扱う。
感情は受け止める。
しかし、行動の改善は求める。
この順番が重要である。
正論だけの指導は、部下の本音を消していく
正論だけで指導を続けると、部下は次第に本音を出さなくなる。
怒られないための報告をする。
都合の悪いことを隠す。
表面的に謝る。
指示されたことだけをする。
自分で考えるより、上司の顔色を見るようになる。
つまり、上司は部下を育てているつもりでも、結果的に部下の主体性を奪っていることがある。
これは、管理職として避けたい状態である。
部下に自分で考えてほしいなら、まず部下が考えられる状態を作る必要がある。
考えられる状態とは、安心して不安や失敗を言語化できる状態である。
正しさを伝えるには、順番がある
正論を伝えること自体は必要である。
管理職が正しいことを言わなくなれば、組織は緩む。
責任も曖昧になる。
部下の成長機会も失われる。
だから、正論を捨てる必要はない。
ただし、正論を伝えるには順番がある。
まず感情を受け止める。
次に状況を整理する。
そのうえで責任を確認する。
最後に次の行動を決める。
この順番を踏むことで、部下は正論を「責められた言葉」ではなく、「次に進むための言葉」として受け取りやすくなる。
管理職に必要なのは、正しさを変換する力
管理職に必要なのは、正しいことを言う力だけではない。
正しいことを、相手が受け取れる形に変換する力が必要である。
たとえば、
「なぜ相談しなかったの?」ではなく、
「相談しにくかった理由は何かあった?」
「それはあなたの責任だよ」ではなく、
「ここはあなたに持ってほしい責任範囲だと思っている」
「もっと主体的に動いて」ではなく、
「次に同じ状況になったら、どこで自分から動けそうか考えよう」
このように、同じ内容でも言葉の置き方を変えるだけで、相手の受け取り方は変わる。
これは甘さではない。
相手を育てるための技術である。
正論は、渡し方を間違えると凶器になる
正論は、必要なものである。
しかし、正論だけをそのままぶつけると、人を動かすどころか、萎縮させてしまう。
正しいことを言っているのに、相手が動かない。
正しいことを伝えているのに、部下が本音を出さない。
正しいことを求めているのに、主体性が育たない。
そのようなときは、正論の内容ではなく、正論の渡し方を見直す必要がある。
部下を育てるとは、正しいことを言って終わることではない。
正しいことを、相手が受け取れる形で渡すこと。
感情に寄り添いながら、現実からは逃がさないこと。
萎縮させるのではなく、考えさせること。
それが、管理職に求められる指導なのだと思う。


















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