新卒全員を丁寧に育てることは、本当に正しいのか
新卒育成の話になると、よく出てくる言葉があります。
「新卒は丁寧に育てるべき」
「最初は何も分からないのだから、手厚く教えるべき」
「放置すると潰れてしまう」
これ自体は、決して間違っていません。
社会人経験のない人に対して、いきなり成果だけを求めたり、説明もせずに自走を求めたりするのは、育成ではなく丸投げです。
ただ一方で、私は少し違和感もあります。
それは、新卒全員を同じように丁寧に育てることが、本当に組織にとって良いのかという点です。
もっと言えば、丁寧に育てすぎることで、かえって組織が求める人材から遠ざかることもあるのではないか、ということです。
優秀さとは、知識量ではない
まず考えたいのは、何をもって「優秀」とするのかです。
新卒の段階では、知識や経験に差があるように見えても、それは本質的な差ではないことが多いです。
配属前からITに詳しい人。
資料作成がうまい人。
受け答えがしっかりしている人。
資格を持っている人。
もちろん、それらはプラスです。
しかし、長期的に見たときの優秀さは、そこだけでは測れません。
私が思う優秀さとは、単に知識があることではなく、次のような力です。
・状況を見て、自分に何が求められているかを考えられる
・分からないことを、分からないまま放置しない
・指示の背景や目的を理解しようとする
・自分の行動が周囲に与える影響を想像できる
・失敗や違和感から学習できる
・言われたことだけでなく、構造を見ようとするつまり、優秀さとは、最初から何でもできることではありません。
自分で状況を解釈し、修正し、前に進める力です。
丁寧に育てることのメリット
もちろん、丁寧な育成には大きな意味があります。
新卒は、会社のルールも、仕事の進め方も、報告の粒度も、関係者との距離感も分かりません。
そのため、最初に最低限の型を教えることは必要です。
・報告、連絡、相談の基本
・仕事の進め方
・メモの取り方
・質問の仕方
・期限の考え方
・相手の時間を奪わない配慮
・仕事における責任の考え方これらを何も教えずに、「自分で考えろ」と言うのは乱暴です。
特に、社会人としての前提がまだない段階では、丁寧な説明は必要です。
だから、丁寧に育てること自体を否定しているわけではありません。
問題は、丁寧さの意味を間違えることです。
丁寧に育てすぎると、考えなくなる
丁寧な育成が行き過ぎると、本人が考える余地を奪うことがあります。
たとえば、何をするにも手順が用意されている。
質問すればすぐ答えが返ってくる。
失敗しそうになる前に周囲が止めてくれる。
判断が必要な場面では、上司や先輩が先回りして決めてくれる。
このような環境は、一見すると親切です。
しかし、裏を返せば、本人は次の経験を失います。
・自分で考える経験
・迷う経験
・失敗しかける経験
・違和感を持つ経験
・自分の判断がズレていたと気づく経験
・相手の期待を読み違える経験人は、説明されたことだけで成長するわけではありません。
むしろ、自分で考えた結果、うまくいかなかった経験から学ぶことも多いです。
丁寧に育てすぎると、失敗を防ぐことはできます。
しかし同時に、本人が自分で学習する機会も奪ってしまう可能性があります。
「丁寧に育てない」は放置ではない
ここで誤解してはいけないのは、丁寧に育てないことと、放置することは違うという点です。
新卒を雑に扱う。
質問しにくい空気を作る。
失敗したら強く責める。
何も教えずに成果だけを求める。
これは育成ではありません。
ただの放置です。
私が言いたい「丁寧に育てない」とは、そういう意味ではありません。
むしろ、こういうことです。
・全部の答えを先に渡さない
・少し考える余白を残す
・本人に仮説を出させる
・小さな失敗から学ばせる
・すぐに助けず、まず本人の理解を確認する
・答えではなく、考え方を返すつまり、冷たくするのではありません。
考える機会を奪わないということです。
育成とは、快適にすることではない
育成の目的は、新卒を常に安心させることではありません。
もちろん、安心して質問できる環境は必要です。
人格否定や過度なプレッシャーは不要です。
しかし、成長には一定の負荷が必要です。
筋トレと同じで、負荷がなければ強くなりません。
仕事における負荷とは、単に長時間働くことではありません。
・自分で考えなければならない負荷
・相手の意図を読む負荷
・不完全な情報から判断する負荷
・自分の説明責任を持つ負荷
・失敗から逃げずに振り返る負荷この負荷をすべて周囲が取り除いてしまうと、本人は快適にはなります。
しかし、強くはなりません。
全員を同じように育てることの限界
新卒といっても、全員が同じではありません。
少し説明すれば自分で進める人もいます。
何度も確認しながら慎重に進める人もいます。
指示されたことはできるが、目的を考えない人もいます。
逆に、最初は不器用でも、違和感を持ちながら吸収する人もいます。
ここで重要なのは、全員に同じ育成をすることが公平とは限らないということです。
同じ説明をする。
同じフォローをする。
同じ期待値で見る。
同じスピードで育てる。
これは一見、公平に見えます。
しかし、実際には違います。
伸びる人には、早く負荷をかけた方がいい。
まだ土台がない人には、まず型を教えた方がいい。
考えない癖がある人には、答えを渡しすぎない方がいい。
不安が強い人には、判断の枠組みを与えた方がいい。
つまり、育成は均一であるべきではありません。
その人が次に何を獲得すべきかによって、関わり方を変えるべきです。
優秀な人材は、丁寧さの中だけでは育たない
組織が本当に求める人材は、おそらくこういう人です。
・自分で問いを立てられる人
・指示の背景を考えられる人
・分からないことを構造化できる人
・必要なタイミングで相談できる人
・言われたこと以上に、目的から逆算できる人
・周囲の負担を想像できる人こういう人は、過保護な環境だけでは育ちにくいです。
なぜなら、過保護な環境では、自分で問いを立てる前に答えが与えられてしまうからです。
本人が迷う前に、周囲が道を作ってしまう。
本人が違和感を持つ前に、先輩が説明してしまう。
本人が失敗しそうになる前に、上司が修正してしまう。
これでは、仕事はうまく回るかもしれません。
しかし、本人の中に「自分で考える筋肉」は残りにくい。
本当に優秀な人材を育てたいなら、すべてを整えすぎてはいけないのだと思います。
ただし、雑に扱えば優秀になるわけではない
一方で、厳しくすれば人が育つという考え方も危険です。
「昔は見て覚えた」
「自分で考えろ」
「分からないなら調べろ」
「失敗して覚えろ」
こうした言葉は、一部正しい面もあります。
しかし、それだけでは育成になりません。
なぜなら、本人が何を学べばよいのか分からないまま放置されるからです。
重要なのは、厳しさではありません。
負荷の設計です。
雑に突き放すのではなく、本人が少し背伸びすれば届く課題を渡す。
失敗しても致命傷にならない範囲で任せる。
答えを教える前に、本人の考えを聞く。
結果だけでなく、考え方を振り返る。
これが育成です。
新卒育成で見るべきポイント
新卒を育てるとき、最初から成果だけを見るのは早すぎます。
しかし、次のような姿勢はかなり重要です。
・指摘されたことを次に活かしているか
・同じ種類のミスを減らそうとしているか
・質問の質が変わっているか
・目的を確認するようになっているか
・自分なりの仮説を持って相談しているか
・相手の時間や負担を想像しているか
・言われたことの背景を理解しようとしているかこれらは、知識量とは別のものです。
しかし、長期的には非常に大きな差になります。
最初はできなくてもいい。
ただし、学習しているかどうかは見るべきです。
優秀さとは、最初から完成していることではありません。
変化できることです。
丁寧に育てるべき部分と、育てすぎてはいけない部分
新卒育成では、丁寧に教えるべき部分と、あえて本人に考えさせる部分を分ける必要があります。
丁寧に教えるべきなのは、会社や仕事の前提です。
・業務ルール
・最低限のマナー
・報告の型
・成果物の基準
・チームの進め方
・事故につながるリスク
・守るべきラインここを曖昧にするのは不親切です。
一方で、考えさせるべきなのは、判断や解釈に関わる部分です。
・なぜこの作業が必要なのか
・誰にどんな影響があるのか
・どこまで確認すべきか
・いつ相談すべきか
・何を優先すべきか
・どう伝えれば相手が動きやすいかここまで全部教えてしまうと、本人は考えなくなります。
だからこそ、育成者は「教える」と「考えさせる」を使い分ける必要があります。
求める人材にしたいなら、余白を与える
本当に求める人材を育てたいなら、育成には余白が必要です。
余白とは、放置ではありません。
本人が考える時間です。
本人が仮説を持つ時間です。
本人が少し困る時間です。
本人が自分のズレに気づく時間です。
すべてを先回りして整えると、この余白がなくなります。
新卒を大切にすることは重要です。
しかし、大切にすることと、傷一つつけないように扱うことは違います。
むしろ、成長のためには、小さな違和感や小さな失敗を経験させることも必要です。
結論:新卒全員を丁寧に育てるべき、では足りない
新卒全員を丁寧に育てるべきか。
この問いに対する私の答えは、単純なYESではありません。
正確には、こうです。
最低限の土台は丁寧に育てるべき。
しかし、考える力まで奪うほど丁寧に育てるべきではない。
優秀な人材とは、最初から何でもできる人ではありません。
自分で考え、修正し、学習し、周囲に良い影響を与えられる人です。
そのような人材を育てたいなら、育成者はすべてを教えるのではなく、本人に考えさせる余白を残す必要があります。
丁寧さは大切です。
しかし、丁寧さが行き過ぎると、本人の成長機会を奪います。
育成とは、快適な道を用意することではありません。
本人が自分の足で歩けるように、必要な支えと、必要な負荷を設計することです。
新卒育成で本当に問われているのは、
「どれだけ丁寧に教えたか」ではありません。
どのような人材に育ってほしいのか。
そして、そのために何を教え、何をあえて教えないのか。
そこを考えないまま丁寧さだけを増やしても、求める人材は育たないのだと思います。


















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